恥かしいと思うこと
そうだね。そうだ。
中学のときはまだ、友達っぽい人が今よりいて、自分の書いた文章とかを読まれるのは恥ずかしくて嫌だった。だから書かなかった。でもいつのまにか、そういう「友達」と付き合うことがなくなってから、恥ずかしさをあまり感じなくなった。同時に、誰か特定の人に何かを言うというのがひどく苦手になったので、どこかでそれを書かざるを得なくなった。いまでも「これは恥ずかしいことなんだろうなぁ」っていうのが解ったりはするし、まだ名残で書けないこともあるけど、なんだかどうでもいいことに思えるようになった。これによって相手がひいてしまうなら、別にそれでいいと思うようになった。彼らはぼくと違って急がしいから、ぼくの話を聴く暇はないし、ぼくもわざわざそれをひきとめて相手の時間を使ってまで何かを話そうという気持ちにはならなくなったのだ。会話の殆どはくだらないことだ。めんどうくさい愛想笑いをされるのは嫌だし、こちらだってしたくない。
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